亀田大毅のしくじり先生に期せずして感動!死に物狂いでやれば人生道は開ける。

スポンサードリンク

今日まで勘違いしていたのかもしれません、ただ生意気で怖いもの知らずなやんちゃ坊主だと思い込んでいた亀田3兄弟の次男、亀田大毅を。。

今夜の「しくじり先生 俺みたいになるな」を観るまでは・・・。

日本中が注目した、あの内藤大助との世界戦で一転悪役、バッシングの嵐。

世間の目を逃れ、大阪の親類の家で引きこもり、ほとぼりが冷めてからの「3,980円の毛皮のコート」での復帰会見。目つき・顔の相も相変わらず「あの頃」のまま。。

この時点では、まだまだ本当の「心機一転」の域には達していなかったんでしょうね・・・。

またまた「こいつ全然反省してねぇな!」と。世間の目はごまかせないもんです。

周りはそれを気づいても注意出来なかった、、と亀田大毅は言ってましたが、こういうことって、当の本人が心の底から気づかなければならないことなんですよね・・・。

その後死にものぐるいでボクシングに没頭、あの内藤戦から2年後、WBA世界フライ級王座獲得戦で判定勝ち、やっと父親との約束の世界チャンピオンに。

とまあ、ここまでならワタシもそれほど感動はしなかったのですが、神様はもうひとつ、真の気づきを起こさせるために、試練を与えたのでしょう。

「観客が熱狂する面白い試合をしたい」

そう思った大毅は、引退を先延ばしにし、メキシコに渡って朝から晩まで「死にものぐるい」でボクシングに没頭、ボクシング歴14年を経て「生まれて初めてボクシングを好きになれた」と。なんかこの辺から本当の人生に気づきはじめるのかなぁ、、人って・・・。

この時のボクシングの強さはレベルが違うと・・・。でも悲しいかな、そんな矢先に左目の網膜剥離が発症。

4度の手術を超えてやっとかろうじて試合が出来る状態に、でも「初めてボクシングが怖い」と。。

人生で一番強いと自負したその時、初めて恐怖を覚える、人生とはホント、ある面皮肉でもあります。

結果試合は負け。兄亀田興毅から「もう、辞めろ」と優しい言葉に引退を決意。

そして気づいたのは「本当の強さ」とは「弱い自分」を受け入れること。

本当の強さとは、自分のダメな所を理解して、地道にまじめに努力すること」だと。

あなたの夢は他の誰かの夢でもある」と。

そして、今、夢にむかって努力する皆さんへ、僕から伝えたいこと

死に物狂いで努力できた人一人一人がチャンピオン」と(泣)。

本当の意味で死ぬ気になれば、どんな世界でも世界チャンピオンになれる」。

達成感というチャンピオンベルト」がもらえる。

夢への道に最短距離はない。どんな道でも長い長い道のりがある。」

調子に乗らずに一歩一歩踏みしめて行かなければならない。

調子に乗らず頑張ってください」と。。

はからずも、全てが名言です、校長先生あたりが言ったら、薄っぺらな教訓にしか聞こえないこれらの言葉も、なぜかグイグイ心に激しく刺さりました。

そして、関根勤のコメントがまた刺さりました。

「調子こいたのが、、、若い時で良かった。。落ちこぼれだったのに、最後にたどり着いた心境が、死に物狂いでやれば誰だって大丈夫、だということ。」

「良い勉強をしてきたな・・・」の一言に、ちょっと涙腺崩壊してしまいました。。

「艱難辛苦汝を玉にす」とはこのことですねぇ。。

今回の亀田大毅のしくじり先生は、永久保存版にしたいと思います。

スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする